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【Fear】喋れないと死ぬかもしれない

緘黙

仲良し班

私の通っていた小学校には、『仲良し班』という1年生から6年生までの縦割り班がありました。

★仲良し班に関する記事は、NPO法人ぴあっとの発達情報サイト「みかた」内の【体験談】場面緘黙 (ばめんかんもく)でも書いていますので、よろしければそちらもご覧ください。

『仲良し班』での活動はどれくらいの頻度であったのか覚えていませんが、頻繁にあったような気がします。レクリエーションをしたり、お昼を一緒に食べたり、遠足へ行ったり…。

なので、通常の学校行事+仲良し班行事というダブルイベントが常についてまわっていました。
その中でも今回は運動会での出来事をお話しします。

12人13脚

『仲良し班』での運動会は、通常の運動会でおこなわれるような予行演習がほとんどなかったような気がします。全員で練習できる日程もあまりありませんし、種目も少なかったです。

その中で12人13脚(12人でおこなう二人三脚なので)というものがありました。ほかにどんな種目があったのか?騎馬戦とかもあったのかな?まったく覚えていませんが、この12人13脚はスタートからゴールまでよく覚えています。

スタート前、隣の人が私の足のひもを縛ってくれました。競技が始まり、すぐに「なんか痛い…」と思ってうまく走れず、どんどん皆から遅れていきました。遅れているといっても足を縛られているので、距離が開けば開くほど引っ張る力が強くなり、足がちぎれそうになりました。

隣の子は大丈夫そうだったので、緩んだ紐がねじれて私の足にだけ喰い込んできたのかと思います。足元を見る余裕もなかったのでこの辺は推測です。

「痛い、でもあと少し、あと少し…」と自分を励ましながら、途中転んで引きずられながら、周りに笑われながら、なんとかゴールしました。あー終わった…痛みから解放され、しばらくぼーっとしていたのでしょう。ゴール後の記憶はほとんどありません。

ただ、なぜか私の異変に気づいてくれた先生が一人いて「血が止まっちゃうよ!」と血相を変えて駆け寄って来てくれました。そのことだけはよく覚えていています。あの先生誰だったんだろう?他学年の先生でしたのでどなただったか覚えておらず申し訳ないです。

でも一人でも気づいてくれてありがたかったです。

締め付けられた跡がくっきり残っていたのと、うっ血して足の色が変わっていたのは覚えていますが、私が痛がっていないと判断され処置などは施されなかったと記憶しています。騒いでいないし泣きもしないから大丈夫だと思われたのでしょう。

しかし、私の人生で『痛かったランキング』ベスト5に入るぐらいには痛かったです。

今でも、手首や足首を締め付けることは血が止まるのではないかと怖く、腕時計も滅多にしません。ちなみに犬や猫の首輪も苦しそうで見ていて怖いです。

そのあと自分で歩いたのかどうか全然覚えていませんが、下校時は普通に帰ったと思います。いつも通り親には言っていないので。

喋れなくて死ぬかも

この一件で、「あー、喋れないってヤバいかもしれない。」と実感しました。それまでも、日々不都合なことはあったし、嫌なこともありました。しかし、喋れないことで死ぬかもしれないと感じたのはこの時が初めてでした。助けてが言えないのはまさに致命的

例えば、誘拐されそうになっても事故に遭っても声が出せない、学校でおなかが痛くても頭が痛くても言えない。おおごとになるまで我慢して、誰かが気付いてくれるまで待ってるなんてそのうち取り返しのつかないことになるのではないかと、とても怖くなりました。

かといって誰にも相談できないし、小学生が一人でそこまで深く考えられるわけもなく、この時はとりあえず「中学になったら最低限は喋ろう!」と決意をしたまででした。喋れないと不便だからとか、みんなと喋りたいからとかより先に死なないために喋ろうという思いが強かったです。

私は一人で葛藤していましたが、やはり大人の協力は必要なので、緘黙っ子には親御さん、保護者の方々に相談できるような環境をつくってあげて欲しいです。

とまぁ、死なないために喋るようになったおかげで(?)私はまだ生きています。

我慢態勢は今もあり、痛いとかはやはりギリギリまで言えませんが、あの時のような恐怖心はなくなりました。

それは喋れるからですね。

喋れるってすごいことなんです

人に伝えることができるってすごいことなんですよ。私は言葉のコミュニケーションがゼロから始まっているので喋れない辛さがわかると同時に、喋れるということがどれほど幸せなことかもほかの人より分かっているつもりです。

病気で喋れない方や、思うように言葉を発することのできない吃音の方など、緘黙以外にも発話が困難な方はたくさんいらっしゃいます。

当たり前に喋れるのって当たり前ではないんです。

今も喋るの疲れるしやっぱり苦手ですが、あの頃みたいに一日喋らないでいるとかはもうキツイですね。

それくらいには人って変われるんです。

こちらのサイトも参考になさってください→ かんもくネット 

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